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このスポットについて
江の島には、三つの社を順にたどる参拝の道があります。江島神社は、辺津宮(へつみや)、中津宮(なかつみや)、奥津宮(おくつみや)の三宮の総称で、宗像三女神を祀り、あわせて「江島大神」と呼びます。日本三大弁財天の一つに数えられ、江戸時代までは弁財天を祀って「江島弁天」「江島明神」と呼ばれていました。
社伝では、欽明天皇13年(552年)に江の島南の洞窟に宮を建てたのが始まりとされますが、この年代には疑問も残ります。『吾妻鏡』には、寿永元年(1182年)に文覚が源頼朝の命で弁財天を勧請したと記されており、これを創建とする説もあります。神仏習合の時代は「金亀山与願寺」と称し、鎌倉幕府の将軍や執権の崇敬を集めました。江戸時代には弁才天信仰が盛んになり、多くの庶民が参詣するようになります。1868年の廃仏毀釈で三重塔などの仏教施設は破壊され、1873年(明治6年)に神社として江島神社に改称しました。
辺津宮は、建永元年(1206年)に源実朝が創建したと伝わり、現在の権現造の社殿は延宝3年(1675年)の再建です。境内の奉安殿には、八臂弁財天と妙音弁財天が安置されています。参拝の前に茅の輪をくぐり、龍の銭洗や「むすびの樹」も回れます。辺津宮から山上へ進んだ中津宮は、853年の創建とされ、1689年に改築された朱色の社殿が印象的です。格天井には花鳥画や彫刻があり、水に浸すと文字が浮かぶ「水みくじ」も人気です。
島の奥にある奥津宮は旧本宮で、社殿は1842年の再建です。拝殿の天井には酒井抱一が描いた「八方睨みの亀」があり、どの角度から見ても亀に睨まれているように見えると言われます。源頼朝の奉納と伝わる石鳥居も残ります。瑞心門は龍宮城を模した竜宮造の楼門です。
年中行事では、4月最初の巳の日の初巳祭(例大祭)と、7月14日に近い日曜日の八坂神社例祭が知られ、後者では神輿が海に入る渡御が行われます。
三宮だけを順に回るなら、歩きながら2時間前後を見込むとよいでしょう。辺津宮から中津宮へは、上り専用の「江の島エスカー」も使えます。島内には八坂神社や龍宮(わだつみのみや)などの境内社もあり、半日から1日かけて島全体を楽しめます。
最終更新日 2026年10月30日
