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このスポットについて
房総半島の最南端、吾谷山(あづちやま)の麓にある安房神社は、安房国一宮にあたる古社です。地元では「大神宮」の名で呼ばれ、館山市の町名にもその名が残っています。式内社の名神大社で、旧官幣大社、現在は神社本庁の別表神社に数えられます。
社伝によると、始まりは神武天皇の時代にさかのぼります。阿波(現在の徳島県)の忌部氏を率いた天富命が黒潮に乗って房総の南端にたどり着き、麻や穀(カジノキ)を育てて土地を開き、祖神の天太玉命を祀ったとされます。養老元年(717年)に現在の地へ遷座したと伝わりますが、忌部氏の開拓を裏づける確かな史料はなく、あくまで伝承として語られてきた話です。
主祭神の天太玉命は、天照大御神に仕え、天岩戸の場面で活躍したとされる神で、ものづくりの技を伝えた神々の総祖神として産業の神徳で知られます。上の宮(本宮)には天比理刀咩命と忌部五部神も祀られ、境内の下の宮(摂社)には開拓の祖・天富命と天忍日命が祀られています。ほかに末社の厳島社と琴平社があります。
境内でまず目に入るのは、檜皮葺の本殿です。明治14年(1881年)造営の神明造で、伊勢神宮と同じ形式として知られます。拝殿は昭和52年(1977年)の造営で、平成21年(2009年)には本殿・拝殿の大修造が行われました。ご神木は樹齢約500年と案内されています。昭和7年(1932年)に井戸を掘っていて見つかった海食洞窟遺跡は、千葉県指定史跡(1967年指定)で、人骨22体のうち15体に抜歯の風習が見られたという調査が残ります。現在は埋め戻されています。
歴史の面では、明応8年(1499年)の大地震で社殿がすべて倒れ、のちに里見氏が造営したこと、江戸時代に朱印地が認められたこと、明治4年(1871年)に官幣大社に列したことが知られています。
祭事は一年を通じて続き、1月14日の置炭神事、15日の粥占神事、4月初旬の桜花祭、8月10日の例祭、12月26日の神狩祭などがあります。4月上旬には参道のソメイヨシノが見頃となり、桜のトンネルのように見えると紹介されています。
館山駅からJRバスで約20分の「安房神社前」から歩いて参拝できます。境内をゆっくり歩いて1時間前後が目安です。近くには野島埼灯台(約5km)、洲埼灯台(約9km)、那古寺(約12km)があり、房総南端の海辺と古社をあわせてめぐる行程が組めます。
最終更新日 2026年11月2日
